感じるコミュニケーション
感じるコミュニケーション
昨日、WEBサイトを作らせていただいているアイキャンの前川社長とお会いし、2時間くらいお話させていただいた。内容は様々。会社のこと、経営状態のこと、流行のこと、スタッフのこと・・・その中で前川社長がもっているポリシーに思わず共感してしまった。
先日、新規の仕事で特殊な内容の案件を受けたそうだが、それができる人を探していたところ、前川社長の個人的なお知合いの方に紹介いただいたという。
私は前川社長がその知人を通して、間接的に仕事を依頼されるのかと思った。しかし「まずはお会いします」とのこと。メール全盛の時代でも、一緒に仕事をさせていただく方とは必ず顔を合わせ、お互いどういう人間かを分かり合いたいという。
同感。
この話を聞いて思い出したのが、『日経ビジネス アソシエ』2006 05.02号の養老孟司氏と糸井重里氏の対談である。
お二人は主に人間関係について語られているのだが、現代人のコミュニケーションの場において、言葉で語り合いながらも、そこから身体感覚が抜け落ちていると感じられている。
糸井氏は次のように語っている。
「今の人は自分の行いや意見の正しさばかりに気を取られがちですが、本当に大事なのはお互いに理解しあうこと。それが、最近はどうも人に気軽にモノを言えない世の中になってしまった。」
そういった状況を養老氏は人間関係が疎遠になってしまったためといわれている。その原因として、今の若い人たちの付き合い方を次のように分析されている。
養老氏の時代は「友人たちとは面と向かってしゃべる習慣があった」が、そういった付き合い方がご自分の娘さんの時代になると長電話、つまり顔を見ないで声だけになった。それが、今は電話がメールになったことで顔もなければ声もない、当人不在で文字という記号だけの付き合いになった。
確かに人とコミュニケーションをとる上で、記号だけの付き合いではなかなか伝わらないものがある。糸井氏はそのなかなか伝わらないものを「ニュアンス」という言葉で表現している。
仕事をする上でも、そういった「ニュアンス」を感じ取ることは大切である。
仕事を依頼する側もされる側も、到達点は同じ。ただし、その過程で理解がすれ違っているケースというのが多々ある。そんな時、打合せの場で、お互い顔を合わせ、双方の「ニュアンス」を感じ取れればゴールまでの道のりはスムースだろうし、もしすれ違っていても、コミュニケーションをきちんととっていけばいくらでも軌道修正は可能である。
ただ、いやしい話だが、仕事なのだから金銭関係が大前提にある。仕事を出す側によっては、「これが仕様書、これがスケジュール、これが予算、あとはよろしく」なんて態度をとられる方もいらっしゃる。
しかし、仕事を依頼する側も受ける側も、仕事をする上ではお互い力を合わせてやるのだ。それはある意味、チームワークだと思っている。そして、そのチームワークの結果として、お互い気持ちよく営利を分かち合う、そんな仕事をしたいと考えている。







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