ネット言葉
ネット言葉
連休中のサーバ管理の打合せの後、取引先の社長さんから「本読んでる?」と聞かれた。「読んでますよ」とかばんから『超絶!シゴト術』を取り出してみせた。
チラッと見て、「クビキラーだね」との返事。よくご存知である。そういえば昨年社長さんは大幅なリストラをされたとうかがったが、まさか梅森氏の本を参考にしたわけではあるまい・・・

ただ、その時の話はクビキラーについてではなく、「文章」について。最近、「文章」というものに接することが減ったという。
ネットは毎日見ているし、ネットでのニュースやコラムもかなり読んでいる。しかしネットで読むと、一瞬わかった気になるのだが、内容が頭に残らないとおっしゃられていた。
ネットでの文章というのは、画面で読みやすいように短いフレーズで区切ったり、圧迫感を感じさせぬよう、必要以上に改行を入れて行間にゆとりをもたせる傾向にある。
ただ、それが書き言葉かというとそうでもないような気がする。その社長さんは「ネット言葉」とおっしゃられていたが、とにかくインターネットでだれかに伝える言葉は、短く、一行ずつ相手にわからせるような文体が多いような気がする。
その社長さんも一時期ブログを書かれていたが、読みやすくしようと思うと、どうしても短く、改行をたくさん入れた「ネット言葉」になってしまうそうだ。そればかりか、それに慣れてくると、仕事上の文章までだんだん「ネット言葉」化してしまったそうだ。一応日本語の文法は保たれているが、英語でいうところの関係代名詞を使ったような、いわゆる「文章」が作文できなくなったと嘆かれていた。
そこでリハビリを兼ね、本を読みまくっているとのこと。会う人ごとに、「マイブームは『読書』なんだよね」といっているそうだが、ネットのおかげであらためて「読書」というものを再認識されたという。「ネット言葉」のように一行ずつわかりながら読み進んでいくのとは違い、文と文との相関関係を見ながら、全体として把握する。確実にネットを見ているのとは頭の使い方が異なるのがわかるという。
ということで、ゴールデンウィーク中に読んだ本について、5月末にレビューを書くという約束をして解散。
社長さん、今頃長野のキャンプ場で読書中でしょうか。







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